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あーりおおーりお

散文や備忘録

コンテンツ・ツーリズムってなんやろか?(其の弐)

散文 アニメ 聖地巡礼 観光 街歩き

こんてんつ・つーりずむ、もとい聖地巡礼の備忘録的サムシング・第弐回です。

 

kgori-s311.hatenablog.com

第壱回では、舞台を巡るってのは観光地特有のものなのか?といったコンテンツ・ツーリズムの大枠やその観光形態の前提段階についてでしたが、今回は実際に巡る訪問者の現場目線からのお話。その中でも、舞台を特定し、情報を拡散する開拓的アニメ聖地巡礼者(開拓的探訪者・開拓者・探訪者)*1の面々をクローズアップするとしましょう。

まず、その開拓的探訪(巡礼)者って何?と思う方もいるかもしれませんが、要は最速で舞台を特定し、早期にブログやTwitter上でキャプチャ画像(キャプ画像)と現地写真(Googleストリートビュー等も含む)の2種類の画像を元手に舞台情報の拡散を行う人たちのことです。俗に「(舞台)特定班」などと称される人たちのことと概ね思ってもらって構いません。特に、テレビアニメ番組における聖地巡礼の観光創造過程の初期段階において、この舞台の特定と情報拡散のプロセスが舞台を巡る際の情報源として欠かせないわけで、彼らはその初期創造過程の一翼を担っているわけなんですね。一度でもテレビ放送中のアニメの舞台を訪れたことのある人で、かつ情報源として彼らのブログの情報を使った経験があったりする人ならば、お分かりいただけるのではないでしょうか。

そんな彼ら、開拓的探訪者たちですが日々特定のスキルや情報拡散の方略の技法を磨きながら切磋琢磨していたりします。特に、毎クール9割近くのテレビアニメが最速で放送される首都圏*2京アニやP.A.制作コンテンツの舞台になることの多い近畿圏では、その特定競争(最速探訪競争)は熾烈です。毎晩のようにTwitter上で繰り広げられる各々の作品の実況タイムラインにおいて、キャプ画像とそこで描出されていると思しき場所の比較画像ツイートが投下されている模様、RTでまわってきたものを目にしたことがあるとは思います。何でそんなに早くわかるんだ?と疑問に思われる方も多いかと思いますが、その手の特定ごっこを齧っていた時期もあった自分から言わせてもらうと、そんな大それた作業ではありませんよ?。

Googleストリートビュー(SV)もまだカバーしているエリアが狭かった10年ほど前と違い、2017年現在となっては日本のあらゆるエリアを見ることができるようになり、ちょっと地理に明るいような人間であれば誰でも舞台を探しながらアニメを楽しめる時代となったわけです。もちろん、ストリートビューだけではカバーできない場所も時として存在するので作中に登場した、駅や踏切、鉄道車両、橋梁、坂、郵便ポスト、デザイナーズマンションといった特徴ある構造物などの画像をまとめたWEBサイトや美術資料、郷土資料、そして画像検索を駆使して複合的に特定していくこともあります*3

以上のような現地訪問前の予習段階の特定プロセスを経て、早ければその翌朝にはモデルと推定される舞台背景モデルがある場所を開拓的探訪者たちは訪問し、その後ブログ上などに聖地巡礼(舞台探訪)記事がアップされるといった具合になるわけです。探訪者の界隈では「最速探訪」だの何だの言われてるアレですね。社会人であれば出勤前に、学生であれば通学ついでに舞台を訪れる「アーリー・ワーク」的な活動*4とも言ってもいいでしょう。うちは、幸か不幸か首都圏や近畿圏以外の在住の身だった故か、生活圏のエリアで案件があれば行っていたという程度だったので、最速探訪競争なんてちょっと何言ってるかわかりませんが(^^;。

 

と、こんな具合に"探す"ことに重点を置く探訪者たちの生態系の一部について見てきましたが、聖地巡礼における観光創造プロセスの成長期~成熟期にかけて彼らはどのような役割を果たしていくんだろう?と、ふと思うわけです。

うちが見るに、特定することに重点を置く開拓者の大概がその後舞台となった街に再訪するのはその場所(界隈)の新規カットを回収する目的であり、その訪問っきりというケースが多いように思えます。まあ、開拓者の中の人は毎クールごとに「俺の嫁」や「アニマ的なママ」がコロコロ変わるアニオタですし、思い入れの強い作品でない限り頻繁に再訪することも徐々になくなっていくのも已む無しだと思いますが。

また、現地での"遊び"を重視する開拓者たちも、概ねは写真の質の向上やカメラ機材のグレードアップ、そしてそれに伴うブログサイトのデザインの改良や別の発信手段として聖地巡礼系同人誌の発行という個々の技芸の研磨に傾倒しているように見受けます。こんな具合で、一見すると聖地巡礼における信用性あるデータベースの構築に貢献しているようですが、上記の行動や取り組み自体、開拓的探訪者間において各々の立場を差別化するための緊張関係を生む原因になったりと、一種の権力闘争が行われている"だけ"のようにも見えてきませんか?

どういうことかと言うと、例えばあるアニメ作品の第1話が放送され、ある地域が舞台だと判明するとしましょう。ある開拓的探訪者(例えばAさんと仮定)がその放送終了後、直ちに現地を訪問し舞台情報を盛り込んだ記事を拡散するべく行動を起こした場合、その特定及び情報拡散プロセスをいち早くに行ったとして「最速探訪」をしたという称賛されることが時としてあります。ここまでなら何てことはないのですが、このプロセスを繰り返しその毎話、そして毎クール行っていくことでAさんは自他共に認められる開拓の第一人者という認識をTwitter上などで受けることになるんですね。そのためか、Aさん在住のエリアが描出される作品が出てくると、「●●さん」「※△●■(ブログ名)」がやってくれるだろうという期待を受けることになり、他の開拓的探訪者はAさんとは異なった情報や切り口で情報拡散しようと差別化に勤しんだりもしますが、中には記事すら上げる必要もないかな?と諦めムードになる方も出てくるわけです。つまり、最速で確かな情報を拡散し続けることで、その人に一種の権威づけ(ブランド化)が成されていく傾向が生まれることになります。

まあ、つまるところ情報を提供及び拡散する行動を積み重ねることで、探訪界である一定の地位を得られるようになるわけです。但し、その権威づけられた方の成果(アウトプット)自体を見ていますと、コンテンツというフレームを通した現地(の観光資源)を一種の消費の対象としてしか見られていないことが散見されたり、さらにはそのプロセスにより生まれた取り巻き連中による身内ネタのゴリ押しなどが見受けられます。特に後者のスタイルに堕落した情報発信源は、身内ネタや特定のリスナーによる取り巻き連中が闊歩するメール頼りで半年もたずに放送を終える有象無象の声優ラジオ番組と相違なく、取り巻き連中の羨望や認知病*5、嫉妬心、さらには他の開拓的探訪者や聖地巡礼者による競争心の連鎖で聖地巡礼のデータベースが構築されていくわけです。その結果、データベースとしての質が向上することもあるのですが、大概は速さに拘るあまり地図情報など現地情報が不正確かつ雑なまま情報源となってしまったり、それらのアウトプットの結果を誰をターゲットに伝えるかという方針も不明瞭なままとなってしまうのです。

結論になりますが、開拓的探訪における技芸を研磨することや、彼らの間の差別化に注力するといった一種の権力闘争は、コンテンツ・ツーリズムが理想とする開かれた公共空間における創造的な次世代型ツーリズムへ近づけることもなく、従来から見られた「観光資源=消費」構造が見られた観光資源の取り合いとなってきたマス・ツーリズム的な観光形態と何ら変わりのない営みに落ち着いてしまうのではないか。そんな風に、薄々感じる今日この頃です。

 

次回は、現地のイベントなどの受け入れ側の取り組みについてボヤくかもしれません。

それでは。

*1:岡本健『n 次創作観光アニメ聖地巡礼/コンテンツツーリズム/観光社会学の可能性』NPO法人北海道冒険芸術出版, 2013

*2:最速視聴可能なのはやはりTOKYO MXの恩恵が大きいと言える。スカイツリー折れろ。

*3:舞台特定のための演習問題として、デイリーポータルZの"ここはどこでしょう?"のコーナーはオススメです。

http://portal.nifty.com/cs/tanoshisa/backnumber/kokodoko/1.htm

*4:朝活というワードは今は死語かな・・?

*5:オタク的認知症である。闇が深そう。

コンテンツ・ツーリズムってなんやろか?(其の壱)

散文 聖地巡礼 アニメ 観光 街歩き

今回は、半分備忘録的サムシングということで。

 

さて表題にあるように「コンテンツ・ツーリズム」(俗に言うアニメや漫画コンテンツなどの「聖地巡礼」)のお話を。

先日、ゆゆゆ(『結城友奈は勇者である』)の主要な舞台となった香川・観音寺で「讃州中学文化祭in観音寺市」と銘打ったご当地イベントが開催されたり*1、"よしさみ"なる「全国アニメ聖地巡礼サミット」という集まり*2があったりと「聖地巡礼」に関わる(主催以外の参加者の立場含む)人口、ほんと増えましたよね。その辺のオタクと話していても「聖地巡礼」ネタがどこかしらで触れられたりするの、皆さんも心当たりありませんか?

うちが見ている限り、ここ1年くらいは大洗や沼津を「聖地巡礼」目的で訪れるのがどうやらトレンドみたいですね。それも、従来の「聖地巡礼」行動で見られた舞台探訪*3の形態よりかは、それプラス現地で食やアトラクションを楽しむ余暇的な観光を交えた形で「聖地」へ赴く旅をしたいという需要が大きそうですが。要は、

ガルパンはいいぞ!」

と頻りに言ってるTL上のガルパンおじさんたちのことです。そういうわけで"今の"オタク(作品ファンなど)たちにも、また「コンテンツ・ツーリズム」などという洒落た横文字で売り込みにくる観光コンサルやそれに乗っかりたい自治体や商工会(地域)にも、聖地巡礼」=観光の一形態というイメージが刷り込まれていってるわけですね。要は、観光需要を満たすための「聖地巡礼」ビジネスモデルの確立が求められようとしている時代に入ったのかなとも思います。

 

さて、この風潮に対して自分としては「ちょっと待てよ?」というのが今回の本題です。「どういうこと?」と突っ込まれそうなんですが、この流れってコンテンツや地域自体の持続可能性をかえって縛ってしまうんじゃないか?とおぼろげに思うわけなんですよ。

というのも、Twitter(チラシ裏の落書き)上だけではなく、ちょっとアカデミックな「コンテンツ・ツーリズム」研究の領域においても、「聖地巡礼」現象が起きている地域に対しては「地域(自治体など)」と「オタク(ファン)」(と「コンテンツホルダー」)の協働体系が上手く機能しその結果、観光産業として成立することを理想に掲げがちな側面があります。一概には言えませんが、元々観光客を受け入れる土壌やキャパがあった「観光地」をモデルにした作品のコンテンツ・ツーリズムに現状ではスポットライトが当てられるようになるし、観光振興の文脈から「成功例」か否かと認識される風潮もここから来るものなのかもしれません。

ところが、そもそも観光振興ありきでアニメコンテンツを作るとなると作品における日常性のレパートリーが縛られるのではないか?とも考えられませんか?。毎クール10作品以上アニメを見てる人間なら何となくわかるかもしれませんが、現代日本の世界をモデルにした作品の物語において日常性が垣間見える舞台といえば、東京の近郊をはじめとする住宅街。つまり、サブカル推しの西武線沿線など一部のエリアを除けば、従来の考え方では、とても「観光地」とは言えない地域が各々の作品において日常性を発露させるための舞台装置として描かれているわけです。これまでのアニメ作品全般に描かれている日常性を伴った舞台を見ていると、今の地域観光振興を前提にしたコンテンツ・ツーリズムの文脈における地域やファンが描いて欲しいと思っている舞台背景と、制作側が描きたい(またはイメージしやすい日常性が見られる)舞台背景が乖離し始めているのではないのかな?と私は思うんですよ。

アニメの話ではないのですが、2014年に放映されたタイ映画『タイムライン』の監督・ノンスィー・ニミブット氏が劇中の留学先モデルとして佐賀県内をロケハンした時にこんな逸話*4を残したそうです。同県のフィルムコミッション職員と打ち合わせた際に、最初は職員が有名観光地の写真を見せても監督が乗り気にならなかったのに、呼子の漁村や三瀬の農村といった原風景を見せた瞬間、目の色を変えて取材欲が湧いてきたのだとか。実写作品の話でも、制作側が物語の日常を描く際に好んで参考にされるのは、所謂日本の原風景が見られる地域やベッドタウンなど"登場人物の生活圏"が主であり、それを踏まえると物語が流れている舞台(聖地)と観光を結びつけることは容易ではないことが見えてきませんか?。コンテンツから観光振興に接続させる営みを理想とするのはいいですし、これまで観光地足り得なかった地域から観光を創造しようと取り組むのも結構です。ですが、コンテンツ・ツーリズムの大半の既往研究やオタクたちの言説から読み取れるのは結局、元来からある観光地的な魅力のある地域ばかりを舞台装置として利用するなど従来の地域資源を消費の対象としてPRするやり方固辞しているように見えてならないのです。この思考回路を乗り越えて、観光"創造"を実施するということは、相当な難題になるのではとも捉えることができそうですね。

少々リアルな世界に脱線してしまいましたが、ともあれ「聖地巡礼」が観光振興的な意味でクローズアップされるまでは、描出されていた変哲もない住宅街を特定しアンダーグラウンド的に探訪(巡礼)するというスタイルがメインだったわけです。もちろん、地域の有力者(エスタブリッシュメントにある人間)へ公式にアプローチできていなかったため、浜松の某住宅街が主な舞台となった『苺ましまろ』の聖地巡礼自粛騒動があったりもしましたし、観光振興どころか地域と協働する事例が爆発的に増えることなんて到底結びつかないだろうと2000年代前半までは思われていたものです。もちろん、当時は『ブラタモリ』のような地理・歴史オタク的なディープな"街歩き"ブームもまだ来ていたとは言えず、住宅地をウロウロして写真を撮っているだけで即不審者扱い*5になってしまう時代でしたしね。

 さて「観光地」の話に少し戻るとします。『この世界の片隅に』の片渕監督が作中に登場する広島・呉エリアの某住宅街へのファンの訪問に対し「そこは観光地ではない」という趣旨で訪問自粛をTwitter上で注意喚起するという出来事もありました。これも、昨年の『君の名は。』現象で大衆化した「聖地巡礼」=「観光」というイメージが広く浸透したゆえの注意書きなんだろうと思うのですが、「観光地」だから云々という語りが見られるのは2000年代から舞台探訪(聖地巡礼)を営んでいたオタクからすれば少々哀しくもあったり。舞台を巡るというのは、基本的には「観光地」ではない場所を開拓して街歩きすることに真髄があると考えている故、制作サイド(コンテンツホルダー含む)や地域が公式に"用意"した「舞台」を観光しに行くことのどこに愉しさを感じ取れるのか?と思うわけです。「観光地」だから作品の舞台に行くというよりかは、知らない街の街歩きを『ブラタモリ』みたく深く浅く楽しみつつ舞台探訪(聖地巡礼)がしたい身としてはね。もし、「経済原論*6ならぬ「探訪原論」という講義をうちが受け持つことになったら、まずは地誌や郷土史から数々のムダ知識雑学まで織り込んだ幅広い楽しみ方をお教えしたいものです。流山の『ろこどる』然り、多摩エリアの『NEW GAME!』然り、本宮の『フリップフラッパーズ』然り、普通のベッドタウンと思うところでも意外な知見を得られることもあるかもしれません。

 

なんだか、老害のボヤキみたいになっちゃいましたねw

次の其の弐では、訪れる「探訪」する輩の立場から見たコンテンツ・ツーリズムについてボヤければいいかなと思います。

それでは。

*1:http://mainichi.jp/articles/20170207/ddl/k37/040/410000c

*2:http://www.sakura-saki-project.com/

*3:作品の世界観に浸るために作中で描出された舞台のモデルとなった場所で、そのカットになるべく近似させて撮影する観光行動などを指す。

*4:http://www.pref.saga.lg.jp/kiji00347198/3_47198_2382_up_dbs8r12y.pdf

*5:時には税務署職員の抜き打ち調査やら、公安の人間やらと勘違いされることもありました(経験談)。

*6:経済学部など社会科学出身者なら馴染みのある基礎専門科目の講座名。公僕試験勢なら、ミクロマクロ。マル経の教授が受け持つと政治経済学っぽくなるアレである。

散文はじめました。

散文

皆様おはこんばんちは。巷で住所不定マンなどと言われてる輩です。

なお、これ以上の自己紹介は省略させていただきます。ご了承を。

 

さてさて、近頃知ってる連中どもがこのブログサービスで心の激白やらプロレスやら繰り広げているのを見て、

 

「俺誘われてない💢」

 

という精神を思いだしたかどうかはわかりませんが、所詮流行にはホイホイ乗ってしまう中日ちょろゴンズ所属なオタクの性か、急遽毒吐きもとい散文を始めることと致しました。

 

なお、この散文の内容というか目的についてはざっくりとしたもので・・・

①以前より運営している某旅ブログの名前の認知度向上。

TwitterなどのSNS上では書ききれない(連投しにくい)連続性のある話題。

③うちの毒吐き。

などとなっているかもしれませんし、なっていないかもしれません。

 

特に①。「●●さんのブログ」だの、「※○▽■▲」だの旧ブログのインパクトが強いのか、未だに新ブログの名前が知人各位にも認知されない有様。某所でブランディングマーケティングに携わる人間としてこれは実に嘆かわしい事態でありますので、そのPR活動及び周知徹底をまずこの散文における短期目標にしたいと考えております。

それでは。